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4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page4

last update 最終更新日: 2025-03-06 14:56:46

「内容はもちろんですけど、先生の原稿そのものから勢いというか、パワーみたいなものを感じるんです。『書くのが楽しい!』っていうのがガツンと伝わってくる」

「へぇー、そうですか……。それはどうも」

 彼の熱弁には若干(じゃっかん)引いたけど、正直私は嬉しかった。私の小説を一番愛してくれているのは原口さん。――それが本当だったんだと分かったから。

 たとえ私自身のことを「好き」って言ってくれたんじゃなくても、好きな人の口からその言葉が出ただけで嬉しいやら照れ臭いやらでなんかむず痒(がゆ)い。

「でも、パソコンの練習してるってあれ、本当だったんですね」

「はい。……って、信じてなかったの!?」

 私は思わず飲んでいた麦茶を噴(ふ)きそうになった。敬語も抜けちゃったけど、今はそれどころじゃない!

「信じてましたけど。執筆のためにじゃないなら、僕はタッチすべきじゃないかと思ったんで」

「…………」

 これを優しさと取るか、冷たく突き放(はな)されたと取るか。私は反応に困った。

「編集者としてはやっぱり、うるさく言うべきなんでしょうね。作家の将来のためだ、って。――でも、僕個人としては、先生には今のままでいてほしいんです」

 今のまま。――背伸びせず、ムリをしないで、ってことなのかな?

「だから、アルバイトのためにパソコンの練習をしてると聞いて、先生がムリなさってるんじゃないかと思って心配だったんです」

「〝心配〟って……。でも、私にとっては必要なことなんです」

 私はつい、原口さんにグチっていた。

「私、まだパソコンに慣れてないからバイト先でいつも周りの人に迷惑かけてるんです。今日だって、お客様にお時間取らせちゃったし」

「そうですか……。それで今日、ちょっと元気がなかったんですね」

「えっ、気づいてたんですか?」

 私は心底(しんそこ)驚(おどろ)いた。――この人、私のことをよく見てるなあ。まだ二年ちょっとの付き合いなのに、私のほんの些細(ささい)な変化も見逃(のが)さないなんて……。

「はい。先生ほど表情がコロコロ変わる人はいませんから」

「ああ……、そういうことか」

 やっぱり私って分かりやすいらしい。

 ちなみに今、このリビングはナツメ球の灯りだけで薄暗(うすぐら)いので、きっと彼には見えていない。一緒に麦茶を飲んでいるこの十数分間にもコロコロ変化していた私の表情が。
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